
自分は努力できない人間だと痛感しています。
何かを頑張ろうとしても、集中できなかったり、飽きてしまい現実逃避をしてしまいます。
何故このようなことになってしまうのか。
全ては、頭の悪さ(IQの低さ)と発達障害が原因です。
私は物凄く頭が悪いので、いくら学習してもほとんど身に付かない、忘れてしまう。
高校受験の時に、一生懸命勉強していたけど、結果は入れたのは偏差値38くらいの県最低の公立高校がギリギリ。
生まれつき頭の悪さは本当に感じていました。
一番実感したのが、難しいことが理解できないということ。
何でだろうと、本当に疑問に思っています。
まず、難しい文章が理解できない。
何を言っているのか、何が重要なのか、何を意図しているのかなど、わからない。
そして、発達障害(ASD)の影響からか、少しでも引っかかったら、その文章を理解しようとそこで立ち止まってしまいます。
いちいち1つ1つ完璧に解決(理解)していかないと気が済まないので、なかなか進まない。
さらに、文章全体を通して理解することが難しく、わからなくなってしまいます。
普通の人であれば、少しくらいわからない部分があっても気にせずに全体の流れを把握するようです。
そして、先に進みながら追々理解をしていくのだと思います。
でも自分は、一文の中の一つの言葉につまずいた時点で思考が止まり、全体が崩れてしまう。
周りの人はすらすら進んでいるのに、自分だけ取り残されてずっとそこで止まってしまうのです。
理解できない → 焦る → 落ち込む → 逃げる → さらに理解できなくなる、と言ったような流れです。
悲しいほど理解力が乏しいので、単純な計算だったり、興味のある事しか頑張れない。
ASDの影響からか、何故か数学だけは人並みとはいかないまでも、多少はできました。
それでも、数学だけ偏差値45くらいで、他はすべて38以下です。
ただ、数学が得意だと言ってもそれは単純な計算だけです。
文章が含まれてしまうと、とたんに出来なくなります。
例えば、文章を読んで「数式の構造」を作り出したり、抽象的で何を示しているのか読み解く必要がある場合などです。
自分でも何故、文章が含まれてしまうととたんに出来なくなるのか謎でした。
たぶん、「文章から必要な情報を抜き出し、頭の中で整理する」というのが苦手なのかもしれない。
全て、発達障害の影響だと思います。
1つ1つを完璧に理解しないと出来ない。
そして、複数の複雑な要素を考えるマルチタスクが苦手。
ASDと頭の悪さ(IQの低さ)が重なることで、情報処理の柔軟さが極端に低くなるのです。
結果、普通の人よりも何倍も時間がかかってしまい、脳疲労が激しかったり、辛くなって頑張れない。
発達障害と低IQの組み合わせは本当に悲惨だと思います。
この二つが重なることで努力が普通の人の何十倍も必要になるからです。
どうすれば少しでもその困難を乗り越えられるのか。
今回は、発達障害と努力と才能の関係性について考察してみたいと思います。
発達障害の人が努力できない理由
発達障害の人が努力できないのは、怠けてるとか根性がないとか、そういう話ではないです。
そもそも努力するまでのハードルが、人よりずっと高いのです。
理解するのに時間がかかったり、集中が続かなかったり、ちょっとしたことでつまずいて動けなくなる。
同じことをやるにも、人より何倍もエネルギーが必要になってしまう。
だから努力ができないのではなくて、努力するのがすごく難しい構造になっているのです。
頭の悪い発達障害の場合
私の場合、IQの低さから理解力が低いので、脳疲労が激しいことが一番の原因だと思う。
頭が悪いから問題の意味をずっと考えてしまい、さらにそこから解を出さなければならない。
普通の人が5分で終わることを20分以上とか、何倍も時間がかかってしまう。
いや、それ以前に理解できずに諦めてしまうこともあります。
そして、発達障害のASDの影響から、自分なりの考えに基づいて回答を考えてしまう柔軟性の無さ、周囲の雑音によって気が散る、興味が無いことを考えるのが辛いなど。
努力できないことが良い訳に聞こえてしまうと思うのですが、本当に頑張ることが辛いです。
ADHDの場合、よく言われるのが「集中力のムラ」と「衝動性」です。
興味があることには驚くほど集中できるけど、少しでも退屈だと感じた瞬間に注意が外れてしまい、学習や作業が続かなくなってしまうのです。
計画的に物事を進めるのがにがてというのもあるので、あとでやろうと思っていたことを忘れてしまったり、集中しようとしても別のことが気になって始めてしまったりと、努力の継続が難しくなるのです。
IQが高い発達障害の場合
逆にIQが高い発達障害の場合、どうなるのでしょうか。
IQが高い=理解力が高さがあるので難しいことも理解できると思う。
IQが高い人ほど抽象的な概念や構造を解くのが早いから。
でも逆に理解が早いから、他の人と差に苦しむことがあるようです。
自分の考えのスピードに環境が合わないため、退屈や苛立ちを感じやすく、その結果「努力する場面」自体を避けてしまいます。
あとは、IQの高低差に関係なくASDによくある「完璧主義」にとらわれてしまうことも。
「もっと深く理解しなければいけない」、「ここが曖昧なままでは進められない」など頭ではわかっているのに、心と行動が追いつかないのです。
まとめ
発達障害の人は、努力すること自体が普通の人よりも大変です。
努力も才能と言われていますが、頭の良し悪し(IQの高低差)によっても、努力の難易度もまるで違います。
発達障害には、その人にあった学習方法が必要だと本当に思います。
私の場合で言えば、理解できない事や難しすぎることはやらせない。
好きな事や得意な事、継続できそうなことに注力するようにする。
発達障害の人は自分の特徴にあった分野に一点集中するべきなのです。
他はほどほどか、最低限でもいい。
でも、何か1つは出来ることを手に入れなければならない。
その教育方針は、子供の頃の自己分析が必須。
特に発達障害の人の場合は。
もしかして、発達障害専門の塾講師や家庭教師など需要があるのではないかと思う。
年々、発達障害の人(子供)の割合も増えていますし。
ただ、人によって症状が違うし、IQにも差があるので、対応させるのは並大抵ではないと思う。
発達障害専門の教育機関や国家資格を作ってもいいのでは、とも思います。
また、IQが低い人専用の学習や努力をする為の徹底的な支援システムなど。
でもIQは15歳前後で発達のピークを迎えるので、それまでに導入が必須です。
この底辺や障害などの問題を抱えている人に対する支援が日本は遅れていると感じています。
だから、一度レールから外れてしまうと立ち直れない、復活のチャンスが難しいのです。
どうにかして欲しいです。
