私は自虐的な思考に、無意識になってしまっていると感じています。

暇さえあればネガティブな考えに支配され、無能、役立たず、人との交流も全くできないなど、挙げればきりがない自己否定を繰り返しています。

何故このような心理なってしまったのか。
それは発達障害やボロボロの家庭や影響で、人生を歩んできたからです。

さらに父親の精神の弱さが遺伝したことで私は、人の視線を必要以上に意識するようになった。

そして、他人にできて自分にはできないことを繰り返し経験してきたため、否定的な考えが積み重なり、強い自虐的な性格へとつながってしまったのだと思います。

自虐思考は、ただの口癖や冗談で言ってるつもりでも、いつの間にか体に染み込んだ習慣になっています。

私の場合、特に日ごろから感じているのが、頭が悪いという劣等感です。
本当に理解力が低すぎる。そして頭が良い(IQが高い)人が羨ましいという嫉妬。

どう考えても、何をするにしてもIQが高い人がどんどん先に進んで何事もこなしていく。
方や私は、1つ問題が発生すると、その時点で解決するまで延々と悩み続けてしまう。

もう世の中、IQで全て物事の解決能力が決まっているという事実を知ってから、ずっと絶望しています。

さらに私は発達障害というハンデが重なっており、普通の人が何気なくこなしていることもダメになってしまう。

結果、引きこもり歴23年以上、発達障害があり、障害者手帳2級を所持しているという事実。
どう考えてもマイナス思考になり、自虐をしているつもりがなくてもそうなってしまいます。

自分の状況を振り返ると、自虐的にならざるを得ない理由がいくつもあるのです。

では一般的に、自虐的な人にはどのような特徴があるのでしょうか。

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自虐的な人の特徴

自虐的な人の心理的特徴を考えてみたいと思います。

まず大きいのは「自己肯定感の低さ」です。
自分に自信がなく、過去の成功体験が少ないと、自然とネガティブな思考になってしまうのです。

普段から「やっぱり自分はダメだ」と卑下する口癖が身についていることも多いです。
最初はネタのように冗談のつもりでも、繰り返すうちに、本当にそう思い込んでしまうこともあります。

他人と比べすぎる人も自虐思考になりやすいのではないでしょうか。

「同年代はちゃんと働いてるのに自分は…」とか「みんな普通にできてることが自分には難しい」とか。
自分と他人を比べて落ち込むのも、自虐にハマる典型的なパターンだと思います。

勉強とか、仕事、収入、人付き合いみたいな分かりやすい状況ほど気になりやすい気がします。

あとは、逆マウント的な感じで、自分を卑下することで相手に優越感を与え、相手との立場を安心させたり調整したりする心理的な効果。

お笑いでも自虐ネタというジャンルもあります。
芸人が自らの欠点や失敗を笑いに変えることで、観客に親近感や安心感を与える効果があるようです。

発達障害の人は自虐思考になりやすい?

生まれもっての精神の強さや性格など、親からの遺伝によって多少の変化はあると思いますが、自虐的な考えにとらわれやすいと思います。

発達障害のある人は、普通の人生を歩みにくく、その経験上どうしても自虐的な考えになる可能性が高いです。
もちろん、生まれつきの性格や精神の強さなど、親からの遺伝によって、人それぞれ違ってくる部分もありますが。

ASDの場合

ASD(自閉スペクトラム症)の人は、こだわり属性や完璧主義などがあります。

小さな失敗や思い通りにいかない出来事でも強く気にしてしまい、「自分はダメだ」と繰り返し自分を責める原因になりやすいのです。

あとは、対人関係でしょうか。
コミュニケーション能力が低いというか変になってしまうので、「なぜ自分だけうまく話せないのだろう」「周囲と同じように振る舞えない」といった比較から、自己肯定感の低下。
そして自虐思考に支配されてしまうのです。

「100点じゃなきゃ意味がない」と考える完璧思考タイプも、自虐的になりやすいと思います。
実際には70点くらい取れてても「残り30点ができない自分」にばかり目がいってしまう。
頑張ってるのに「ダメだった」としか思えなくなる悪循環です。

ADHDの場合

ADHD(注意欠如・多動症)の人は、衝動的に行動して失敗したり、忘れ物や不注意のミスを繰り返したりすることがよくあります。
周囲から怒られたり注意され続けると「どうせ自分は何をやっても失敗する」という自虐的な考えに繋がるのです。

また、集中力が続かず物事を最後までやり遂げられないことが多いため、「やっぱり自分は努力できない人間だ」と思い込んでしまう。
本人の努力ではどうにもできない脳の問題ですが、「意志が弱いからだ」と自分を責めてしまい、ネガティブな循環にはまりやすいのです。

「引きこもりに伴う自虐思考

引きこもりの場合、ほとんどの人は自虐的になってしまっているのではないでしょうか。
私も末期的な自虐思考で、「自分は何もできない」「人として欠陥がある」と責め続けています。

人の目を気にしすぎる

外に出るだけで「周りから変に見られているのではないか」と不安になり、強い緊張を感じてしまう。

本当は他人はそれほど気にしていないと頭では分かっていても、どうしても人の視線に意識が向いてしまいます。
その結果「普通に外を歩けない自分はやっぱりダメなんだ」と自己否定がさらに強くなってしまうのです。

無気力と自己嫌悪の悪循環

引きこもり生活が長くなると、生活リズムが乱れ、何もする気力が湧かなくなります。
私の場合、うつ病、昼夜逆転の生活、人目をとにかく避けてしまう。

しかも「何もしていない自分」に気づくと、「怠けている」「努力が足りない」と責め立て、自虐的な思考が深まります。
行動できないから自虐する → 自虐でさらに動けなくなる、という悪循環が止まらなくなるのです。

過去の失敗にとらわれ続ける

外に出られなくなる前に経験した失敗や人間関係のトラブルが、頭の中で何度も再生されてしまう。

「自分は昔からダメだった」「人に嫌われる存在だ」と過去の記憶に縛られて、前に進む気力を奪われます。

そして、その思い込みが現在の引きこもり生活を正当化してしまい、抜け出しにくい状況をつくり出すのです。

自虐の例

自虐思考の例を挙げてい見たいと思います。

私の場合、自虐しているつもりはないのですが、無意識にそのようになってしまっています。
全て事実に基づいているだけなのですが。

例えば、私は子供の頃から物凄く頭が悪く、さらに幼稚で精神年齢が低かったので、親や周囲の人に迷惑を掛けていたと思う。
さらに、嫌われ、イジメられ、避けられて続けていたので、自然と自分はダメ人間だと理解しています。

自分の場合、真実なので自虐とは言えませんが、「自虐かもしれない」と感じたことを書いてみたいと思う。

近所の人に奇異の目で見られている

重度の引きこもりなので、近所中にそれがバレており、常にバカにされている、蔑まれている、ヤバイ奴だと思われている、などネガティブ思考があります。

そして、それは自分自身の無能さが招いた結果。
だから、全て自分が悪い。
生きていてごめんなさい。でも死ぬ勇気が無いから生存しているだけ。などの気持ちを抱えています。

「人としてまともに働くこともできず、社会の役に立たない存在だから、周囲から軽蔑されるのは当然だ」と。

もしかしたら実際には、近所の人がそこまで自分を意識していない可能性が高いのに、被害妄想的に「きっと見下されている」と解釈している可能性もあります。

ただ、室外機の騒音問題であったり、全く姿を現さないので、異常者だと思われているはずです。

自虐はうざい?

自虐を聞かされる相手は「うざい」と感じているのでしょうか。
私は会話する相手もいないし、ブログでも事実を書いているだけなので自虐とは思っていないのですが、他の人から見るとそう感じてしまうのかもしれないです。
そして、それはうざいのでしょうか。

正直なところ、「うざい」と感じる人も多いと思う。

軽いノリで「俺ほんと頭悪いからさ〜」みたいに笑い話っぽく言うなら、場の空気も和むし、むしろ好感を持たれることもあると思います。
お笑い芸人の自虐ネタが受けるのも、そういう距離感です。

でも、毎回のように「自分はダメだ」「どうせ嫌われてる」って真顔で言い続けてたら、聞いてる方はだんだん疲れてくるのだと思います。
最初は「そんなことないよ」って励ますけど、何度も繰り返されると「もうどう返せばいいの?」って気持ちになる。

結局、相手に気を使わせてしまうのでしょう。
否定して欲しいのか、本気で落ち込んでるのか分からないし、励ましても「いや、でも…」って返されたら余計に重い空気になる。
そうなると、「一緒にいると気持ちが沈むな」「できれば距離を置きたいな」って思われても仕方ない。

なので、自虐って使い方次第なんだと思う。
軽い冗談レベルなら「親しみやすい人」になれるけど、重すぎる自虐は「うざい人」になってしまう。
これって本人は「ただの事実を言ってるだけ」ってつもりでも、周りからするとしんどいのかもしれないです。

まとめ

自虐とは、自分を下げることでちょっとでも安心感を得たり、笑いに昇華したり、誰かに理解されたいというような気持ちの表れなのだと思います。

けれど、その頻度や重さによっては「うざい」と感じられてしまうこともあります。
本人にとっては事実を口にしているだけでも、聞く側からすると「またか…」と感じることは少なくないはずです。

私自身、自虐というか事実なので、もはや「やめよう」と思っても簡単には止められません。
ただ、こうして文章にして整理してみると、「ああ、確かにこれじゃ周りがしんどくなるかもな」と気づける部分もありました。

そして、自分が何をやってもダメ、出来ないことの言い訳に使っているのではないか、とも思いました。
でも実際、その通りなのでリアルなのですが。

でも、もしかしたら、自虐というのは「心のSOS」でもあるのかもしれません。
誰かに気づいてほしい、受け止めてほしい、そんな無意識の欲求が自虐というかたちで表に出てしまう。

だから完全に悪いものとは言えないけれど、やっぱりバランスが大事なんだと思います。

「事実=自虐」ではないし、「自虐=存在価値の否定」でもない。
弱さや劣等感を言葉にするのは悪いことじゃないけど、それだけで自分を定義してしまうと、本当に何も見えなくなると言います。

このブログを書き終えた今も、自分を責める気持ちは消えていません。
でも、少なくとも「自虐的な自分」を一歩引いて眺めることはできました。
それだけでも、ほんの少しは前に進んだのかもしれないです。

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