
もし、現在の発達障害の理解が多少ある時代の環境で生まれ育っていたらどうなっていたのだろう。
たられば、の話をするのは本当に虚しいのですが、やはり考えてみたい世界線。
小学生の頃に発達障害と判明し、周囲の理解とサポートがある環境で育ったとしたら?
少なくとも、ある程度の自己肯定感の低下は防げたのではないでしょうか。
そして、引きこもりにならなかったはず。
いや、どうなんだろう。
それ以前に、生まれつきの精神の異常な弱さがあったので、発達障害に関係なく辛い人生は変わらない気がする。
心の弱さはその他の普通の人には無いハンデを倍増させるから。
IQの低さ、貧乏、超赤面症、泣き虫、変わった苗字など、余計に劣等感を感じてしまうのです。
でも、支援学級に入っていたらまた違っていたのだろうか。
そもそも通級指導教室のような支援は、ずっとそこにいる場所ではないです。
放課後や授業の一部など別の時間帯に、特別に個別の指導や支援を受けるための場所です。
なので結局、発達障害を抱えながらも普通の人と同じように通常学級で頑張らなければならない状況です。
発達障害のサポートも地域や学校次第で変わってきます。
そして、現在も発達障害の理解や支援が進んでいるとは言えない状況。
結論として、小さい頃に発達障害と判明したとしても、一般のレールから外れてしまう未来は逃れられない、と思っています。
でも、それで結論付けてしまうと悲しすぎるので、あくまで発達障害を抱えながらも、周囲の協力を得て人生の選択肢を間違えない道を歩めたとしたらどうなっていたのだろう。
発達障害があっても支援を得られた場合の人生
とにかく発達障害のせいで、人との交流が全く上手くいかなかった。
普通の友達付き合い、親や兄弟との会話、世間の何気ない交流など、人との接触が壊滅的だった。
これが一番の大問題。
もしこの問題を回避できていたとしたら。
いや、発達障害だからなかったことにはできないけど、知っていれば(知られていれば)許容されていたはず。
当事者自身は気を使えないけど、周囲の人がわかってくれる。
「発達障害だから仕方ない」と生暖かい目で見てくれるかもしれない。
「普通の人とは違う」とわかってもらえるだけで、少なくとも、理由のわからない叱責や嘲笑は減っていたと思う。
障害者という立場になってしまうかもしれないけど、定型発達と同じ条件で競わなければならない状況は回避できる。
これは非常に大きいです。
ただ、子供の頃に自分が発達障害ということを受け入れるのは難しいかもしれない。
いや、そもそも概念を理解できないと思う。
そこは周りが、「人とうまくいかない性格」とかなんとかごまかして言い聞かせるしかないのですが。
でも発達障害の人に、無理解、支援なしは本当に終わるので、受け入れるしかない。
そうすれば、仕方がないと思って割り切れるし、一番大切な自己肯定感の低下を免れる可能性は高まります。
調書や得意なことを伸ばせる
全ての発達障害の人に言いたいのが、「自己分析をして自分の得意な分野を突き詰めた進路を進んだ方がいい」ということです。
間違って苦手だったり、興味がない分野へ進んでしまうと本当にうまくいかない。
特性の影響で、普通の人と同じように渡り合えないし、勝てもしない。
発達障害の人でも、少なくとも1つは興味があったり、得意な分野はあるはず。
それを徹底的に伸ばして、その道に進むしか成功の道はないと思っています。
そして、手に職をつかむこと。これが一番重要。
それを得るにはやはり、周囲の理解が必須です。
要するに、親や教師が発達障害を理解して、進むべき道を示してあげないといけないということです。
例えば私の場合、偏差値38以下だったけど、数学だけは少なくとも45くらいはあった。
計算やその速度も普通の人並みにはできていたはず。
もし、その分野、例えばデータ分析系だったり、集計や分析の補助、数値チェックなどの仕事に従事できていたら。
今の悲惨な状況にはなっていなかったと思っています。
個人的には心理学に興味がありますが、不向きです。
人の気持ちを読み取ること、言葉の裏を察すること、空気を感じ取ることが致命的にできない。
心理学に興味を持つ発達障害の人は多いようですが、それは「人がわからなすぎるから知りたい」という動機であって、実務として向いているかは別問題なのだと思う。
対人関係について
発達障害の理解がある環境で学生時代や社会人時代を過ごせていたら、友達や知り合い、恋人等はできていたのだろうか。
少なくとも、私の場合は発達障害以外にも普通の人には無い様々な酷いハンデがあったので、無理だとは思う。
でも、それでも自己肯定感がそれほど下がらず、社会人として働けていたら少なくとも理解者の一人か二人はできていたのではなかろうか。
しかし、発達障害の人の結婚率はASDだと約10%程度と言われています。
もし仮に結婚できたとしても、パートナーはカサンドラ症候群(鬱や精神疾患)になってしまう可能性もあります。
なので、まともな社会人ルートに乗れたとしても、孤独な人生になる可能性は否定できないのです。
これはあくまで、現在の発達障害に対する理解や支援の状況を前提にした話です。
今後、発達障害の人が増え続けている現実を考えると、何かしらの対策が取られる未来に期待したいところです。
まとめ
とにかく、小さい頃に発達障害の有無の確認が必須だということ。
そして、国が支援体制を万全にしなければならない。
そうしないと、もの凄く運が良くない限り、自己肯定感や自尊心は絶対に下がってしまう。
例外として、家が超お金持ちだったり、IQが高くギフテッドを得ているなどは除きます。
今の私の23年以上の引きこもりになってしまった現状は、発達障害が判明しておらず、普通の人と同じように育った悲劇が原因です。
もし、発達障害とわかっていて関わる人の理解があって、人生の選択肢を真剣に相談できる人がいれば、ひきこもりにはなっていなかったはず。
それでも、発達障害というハンデ自体がなくなるわけではなく、どこかで躓く場面はあった、という予感はあります。
その躓きを一人で抱え込まずに済むような仕組みを、国が制度や法案として用意して欲しいところです。
