
最近というかここ数年で、発達障害の人に見られる特徴や症状を「特性」と呼ぶ傾向があるようです。
ASDやADHDなどの脳の偏りから生じる困りごとを、そのまま表現すると直接的すぎるので、「特性」としてまろやかにしている感じです。
個人的には、物凄く嫌いな例え方です。
特性という言葉自体が何か特別で、ポジティブなイメージを連想させるからです。
発達障害の脳の問題は、人生においてほとんどマイナスに働くハンデだと思っています。
その事実が特性呼びで、他の人に伝わりづらい言葉になっている気がします。
明らかに、生きる上で普通の人が遭遇しえない辛い問題を抱えやすく大変なのに、前向きな呼び方は合っていないです。
特性という言葉だと、ただの個性や逆に強みのように聞こえるし、深刻さがぼやけている感が強い気がします。
発達特性とはどんな意味の言葉?
発達特性という言葉は、ASDやADHDなどに見られる考え方や行動の特徴を指して使われています。
診断名というより、その当事者にどんな傾向があるのかを少しぼかして表す言い回しです。
注意が散りやすい、こだわりが強い、人との交流が苦手など。
このような発達障害の日常の中で出てくる特徴をまとめて「特性」と呼んでいる感じです。
もとの障害という言葉の印象が強すぎるため、それを少しやわらかくする目的で使われるようになったと言われています。
また、「個性として捉えよう」という流れもあって広まってきた言葉のようです。
なぜ発達特性という言葉が広まったのか
障害と聞くと、どうしてもマイナスな印象を受けてしまう人が多いです。
障害手帳、障害年金、障害雇用、障害福祉サービス、障害者施設など。
あとニュースで○○障害だから、事件や事故を起こしたときに判決も異なることがあり、普通の人から見ると・・・・というような感情の問題もあります。
他にはパラリンピックや障害者で分けられるスポーツなど。
これらはあまりネガティブな印象を受けませんが、それでも「特別な人」と感じてしまう人は多いのではないでしょうか。
発達障害も確かに「障害」と呼ぶにふさわしい辛さや大変さが本当にあります。
でも症状の出方は人それぞれですし、定型発達の人と同等、あるいはそれ以上に社会の中で成果を出している人がいるのも事実です。
それらを全て障害という枠で呼んでしまうのは雑過ぎるし、違和感はあります。
そこで、人それぞれの違いとして表現できる言葉として「発達特性」という言い方が広まってきたのだと思います。
強いレッテルを避けつつ、その人の傾向として伝えられる便利さがあるからです。
発達特性という言葉のメリット
発達障害の症状を特性という言葉で置き換えることで何かメリットはあるのでしょうか。
障害という言葉を使わないので、その枠にとらわれない認識になる。
自分が障害者ではなく、脳の偏りの問題というような気持になれるのかもしれない。
障害ではなく特性と置き換えることで、当事者が向き合いやすくなる。
障害ではない、という認識の下で自己分析ができて、自己肯定感が下がりづらくなる可能性。
他の人から見ても、特性」という言葉が、「ちょっと変わった子」や「個性的な人」などの、やわらかいイメージで受け取られやすくなる。
このように、気持ちや精神安定の側面がメリットになることが人によってはあるということです。
発達特性という言葉の問題点
特性としてしまうと、性格や個性としてとらえられてしまい、発達障害の症状の難しさが伝わりづらくなる可能性が高いかもしれない。
もちろん、発達障害の事を知っている人であれば、そのような捉え方はしないのですが、当事者や専門家でない限り、本当の大変さはわからない。
障害という言葉であれば、なんとなく大変、という印象が強いです。
でも特性だと、ちょっと違う。軽くみられるような。
そして、「個性だから」で片付けられて、支援が無かったり、深刻に考えてもらえない可能性も無くはないです。
一番は、本人の苦しさが伝わりにくいということでしょうか。
もちろん、発達障害の人でも障害として認識してほしくない、それほど問題になっていないなど、特性として認知してもらった方がいい人もいます。
まとめ
発達特性という言葉は、たしかに便利だと思います。
診断をそのまま言うより伝わりやすいし、自分でも受け入れやすいです。
でも、言い方がやさしくなるほど、本当の大変さが薄まって見えてしまうというか。
特性があるんだね、で話が終わってしまう可能性もあります。
実際どう大変なのかを、深くわかってもらえない気がするのです。
理想は、障害というとらわれ方をしないけど、理解とサポートはしっかりと必要としている、というような認知になって欲しい。
特性という言葉だけで軽く受け取られるのではなく、実際にどんな困りごとがあるのかまで含めて見てもらえることが必要なのです。
