発達障害と潔癖症(強迫性障害)に関係性はあるのでしょうか。
ASD当事者視点で振り返ると、子供のころはそれほど気にしてはいなかったのですが、今は完全に潔癖症(強迫性障害)になっています。

なぜ今、潔癖症になったかというと、2020年に蔓延した例の流行病の影響です。
ほぼ家から出ない引きこもりなので、外での感染リスクは低いです。

それでも心療内科へ通ったり、その他の病院や手続き等に外出する機会があり、常にアルコール消毒で手を洗ったり、マスクを着けるようになりました。

一度このように習慣付いてしまうと、人によりますが、当たり前になるのがASD。
そしてそれをしないともやもやしたり、不安感が湧き上がってくるのです。

発達障害は先天性の脳機能の問題であり、小さいころから潔癖症かもしくはそうでないか、と極端に思われるかもしれません。
でも、発達障害の症状は人それぞれなので、個人個人違います。
ですので、発達障害と生まれつきの潔癖症に関係性はあまりないと思っています。

何かのきっかけで、ASDの「こだわり」の条件に触れて、いつものルーティンに潔癖症的な行動が加わるのです。

私は例の流行病以降、人生のルーティンが変わりました。
今までは起床後すぐに、掃除機をかける→筋トレ→シャワーに入る(20分くらい)→髪を乾かす→PCの前に座る、でした。

ですが今は、PCの前に座る直前に、キッチンペーパーにアルコール消毒を含ませて、キーボード、マウス、机などをゴシゴシ拭く作業を毎日やってます。

キーボードやマウスをアルコール消毒で拭くと、ツルツルになって触り心地も良くなります。
今までアルコール消毒で拭いていないときは、キーボードやマウスに雑菌や何かの問題があったと考えると、もう止めることはできないです。

このようにASDの場合、些細なきっかけで潔癖症になったり、こだわりが出てしまうのだと思われます。

実際、子供のころは、食事の前に手洗いやうがいも適当でほとんど気にはしていませんでした。
でも大人になると、手の汚れから体を搔いて、そこから傷→雑菌の侵入など、というリスクに気付きました。

ASDは一度気づいたり、実体験から学習すると、次は同じミスをしないように徹底することがあります。

今では、例えば素手でポテチを食べることは絶対にできないし、普段触っていないものを触った後は、石鹸でよく手を洗うようにしています。

本当は「細かいことはどうでもいい」というような生き方をしたいのですが、どうしても安全性(こだわり)を求めて潔癖症のようになっています。

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発達障害の潔癖症は疲れる・めんどくさい

私は既に、「アルコール消毒液」が手放せない体になっています。
朝のルーティンで使うのはもちろん、たまに外出した後は手洗いの前にまずアルコール消毒で手を清めます。

でも、一度潔癖症のようになると大変です。

例えば、約3カ月に1度くらいのペースで1000円カット(1500円)に髪を切りに行っているときは、かなりめんどくさいことになります。
まず、狭い場所で座って待っている人がいます。
でも、マスクをしている人はほとんどいません。

私はマスクをして待機していますが、髪を切るときは邪魔になるのでマスクを外さなければなりません。
でも、例の流行病の感染経路は人からであり、マスクの防御が微々たるものでも外したくはないのです。

このリスクが本当に苦痛で、髪を切り終わった後は、事前に手提げバッグに入れておいたアルコール消毒を含ませたキッチンペーパーを鼻や口辺りで吸い込んでアルコールを感じて安心する。さらにそのアルコールペーパーで顔を拭いています。でも毎回、アルコールの匂いでむせてしまいます。

最後に、アルコールが染みついたマスクを新しく付けます。
でも、これも1分くらいアルコールの匂いでせき込むくらい辛いです。

ちなみに髪を切る場所は、ショッピングモールの2階にあり、人通りも多いので、この作業がものすごく恥ずかしいし、めんどくさいです。

そして、外出後は絶対にすぐアルコール消毒で手を洗い、さらにシャワーを浴びて髪も石鹸(シャンプーではない)で洗います。
ですがこの前、思い付きでアルコール消毒液を薄めて鼻うがいをしてしまいました。

かなりつらかったですし、後で調べてみると人体的にしてはいけないということが判明しました。

外の活動がほぼ無いので病原菌のリスクは低いのですが、極力0にまで下げたいので、いつでもアルコール消毒は日常のお供となっています。

この潔癖への「こだわり」は本当に疲れるし、めんどくさいです。そして人生の時間の浪費にもつながっています。

潔癖症は生きづらい

最近、というかここ半年くらいで、マスクをしていない人が多いことにびっくりしています。
詳しい統計はわかりませんが、たまに外出した時にすれ違う人はほぼマスクをしていないです。

今は11月で冬が到来しています。インフルエンザや例の流行病など、リスクがあると思うのですが。
そもそも、マスクはそれほど防護の役割を果たしていない?ということは聞いたことがあるのですが、本当のところはどうなのでしょうか。

でも、マスクをすると息苦しくなるし、コストもかかるので、リスクを天秤にかけたときの判断は人それぞれです。

この辺が潔癖症だと、絶対にマスクは外せないし、他の人がマスクをしていないとイライラするなど、余計に生きづらいと感じています。
もう少し、適当に生きられればいいのですが。

潔癖症の心理・原因

自分の場合は、ウイルスによる「不安感を完全に拭いたい」という想いから、潔癖症になってしまったと思っています。
どれだけ気を付けても、やりすぎるくらいやっておかないと心配になる、というASDの完璧主義もあるかもしれないです。

そしてその過度な行動が「一度やって安心できた」という成功体験になると、脳が「次もやれば安心できる」と学習していくのです。
最初は必要だった行動が、いつの間にかやらないと落ち着かない行動に変わっていきます。

これは強迫性障害のよくある症状で、理屈ではなく感覚として染みついてしまうところが厄介です。

ASDと潔癖症の関係性

ASDの場合、潔癖症が生まれやすい心の仕組みのようなものがあります。
そのひとつが 「危険を曖昧なまま放置できない」 という問題(特性)です。

汚れやウイルスは目に見えないです。
なので、心理として「本当に大丈夫なのか?」「まだ残っているのでは?」という想いが頭を支配することがあります。
そして、その曖昧さが解消されない限り、ずっともやもやが晴れない。

ASDの特性上、一度気になったことを切り替えるのが難しいです。
私も細部まで突き詰めて納得がいくまで調べつくしてしまうことがあります。

ASDの潔癖症の場合、解決するために自分の決めた満足のいくラインまで行動(綺麗)をするようにします。
問題は、「一度身に付いた習慣を手放しにくい」ということです。

最初は必要だからやっていた行動でも、続けているうちに 「これが自分の安全を守る方法」 として脳が固定してしまいます。
やらないと不安が強くなってストレスを感じ続けるなど、悪循環に陥りやすいのです。

そしてASDは、自分の経験で学んだことを非常に重視します。

一度でも「手を洗っておいて良かった」「消毒して安心できた」という経験があると、それが徹底したルールとして強く定着するのです。
この徹底力は長所にもなるのですが、不安と結びついたときに潔癖症の行動パターンとして強化されてしまうことがあります。

ADHDと潔癖症の関係性

ADHDはもともと注意が散りやすく、忘れやすい特徴があります。
なので、ASDとはまた違った潔癖症との関係性が考えられます。

ADHDは想像力が豊かで不安感に敏感になりやすい一面があります。
結果、緊張や恐怖に対して大きく反応しやすくなるのです。

ASDとは違い、頭の中でいろいろな情報が溢れて、多角的な視野からそのようになるのだと思います。

「気になりだすと止まらない」、「行動の衝動性と不安が組み合わさる」といった状態になる。
そして、不安を感じた瞬間に、すぐに安心したいという気持ちが強く働き、衝動的に手洗いや消毒を繰り返してしまうのです。

もう1つ、ADHDの人はASDと違い、ルーティンを作るのが苦手と言われます。
でも不安を減らすための行動だけは例外になるようで、強い習慣として固まりやすい 傾向があるとのことです。

不安が強いほど、その儀式(消毒・洗浄)がやめられなくなります。

あと、過去の失敗体験がトリガーになることもあります。
ADHDの人は過去の後悔や失敗を強く覚えていることがあります。

「あのときちゃんとしなかったから…」という思いが潔癖行動を強化するきっかけになることもあるのです。

まとめ

今回は、発達障害と潔癖症(強迫性障害)について考えてみました。

発達障害の人はある意味、潔癖症になりやすいと思います。
ASDのこだわりやゼロサム思考、細かいところまでの追及してしまう脳。
ADHDは、様々な視点からの不安感に発展するなど。

別に潔癖症が悪いというわけではないと思いたいですが、他の人から見ると「ちょっと気にし過ぎでは」という印象があるのも事実です。
あと、無駄に時間やコスト(お金)などがかかってしまいます。

潔癖を極めて安心感を得る方がいいのか、それともリスクをそれほど気にせず、ほどほどで生きるのが正しいのか。

発達障害の人の場合、中途半端や適度なところで、といったあいまいが苦手なので前者になりやすく、普通の人は後者よりなのかな、と思います。

個人的にはやはり、少しでもリスクがあるのであれば、時間やお金が多少かかってしまっても、安心感を得てストレスを溜めたくないところです。

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