毎朝のタイピングの練習で、「蛙の子は蛙」という言葉が出てきて、これほど実感させられることわざはないと感じました。

頭が悪い(IQが低い)親からは、それ相応の知能の子どもが生まれる。
発達障害も親がそうなら遺伝する確率がある。

人間でなくても、馬でもサラブレッドの子はスピードやスタミナ値が高い、気性が良いなど、遺伝がかかわってくる。
犬に例えると、柴犬×柴犬=柴犬しか生まれない その他の犬種もそう。

蛙の子は蛙というのは、本当に正しいと思う。
否定できるのでしょうか。

現代医学で判明している人間の遺伝としても、知能や性格、身体的特徴、さらには発達障害など、一定の割合で遺伝の影響を受けることが明らかになっています。

知能指数(IQ)は、50〜80%が親からの遺伝。
その他、子供のころからの努力や親の教育など環境面が整っていれば、成長する可能性はあります。
でも結局、その教育や環境を整えられるのも、親の能力次第。

身長や運動能力、筋肉、骨格などもそう。
努力ではどうしようもない差が遺伝によって生まれてくる。

反対意見としては、「遺伝がすべてを決定するわけではない」というもの。
知能、性格、能力などは、遺伝だけでなく、教育、栄養、家庭環境、社会環境などの後天的要因によって大きく変わる。

これを「遺伝と環境の相互作用」と呼ぶそうです。

遺伝的に高い知能でもしっかりとした教育や環境下でなければ、発揮できない。

逆に、劣等遺伝子だらけでも、完璧な教育、運よく恵まれた環境、そして継続的な努力があれば、遺伝的な限界をある程度まで押し上げることは可能とされています。突然変異までとは言わないまでも、本来の遺伝的な予測よりも高い能力を発揮する例も存在するようです。

ただ、個人的な意見としては、気休め程度と思ってしまいます。
特に一番重要な「努力」も才能次第だからです。

同じように努力したとしても、頭の良い人は何倍ものスピードで理解し、マスターし続ける。
でも、劣等遺伝子の場合、途中でつまずく→ずっと考える→脳疲労が激しくなる→疲れる→ストレスなどでやる気を失っていく。

これが何に対しても引き起こされる悲劇。
本当に人間は理解力(IQ)次第だと思っています。

人類はみんなIQ100の状態からスタートしないと不公平過ぎてずるい。
もちろん発達障害の有無についても。

そうはいってもそんなことにはならないし、嘆いても仕方がないので、劣等遺伝子で生まれたらどうすればいいのか、本当に「蛙の子は蛙」は正しいのかについて考察してみたいと思います。

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劣等遺伝子(IQが低い)状態で生まれたらどうすればいいの

まず子供の頃の知能テストでIQが判明したら、その人に合った完璧な教育プログラムを提供すること。
IQが高い人と競争させて偏差値などを比較し、努力を促す?ようなことをしても意味はない。

だって、元が違うから努力では勝てない。
その差が学校という集団生活の中で格差になり、対立や交友関係なども変わってきます。
もちろんその人の性格や家庭環境なども多大な影響があるので、IQがすべてというわけではないです。

でも、結局頭の出来次第で立ち回りが変わってきます。
なので、国はすべての人に同じ教育を与えるのではなく、その人の理解力や特性に応じた教育を提供するべきだと思います。

現在の教育は、基本的に同じ年齢の子供を同じ教室に集め、同じ内容を同じ速度で教える仕組みになっています。
でも、理解力には個人差があり、この方法では理解できる人と理解できない人が必ず生まれます。

ちなみに私は学生の頃はほぼすべて授業が理解できず、授業中はずっと苦痛の時間を過ごしていました。

なので、早い段階で知能検査をして、その結果に基づいて個別の教育プログラムを提供する。
お金はかかるかもしれないけど、少子化ですし、知能指数によってグループ分けすべきです。

高校からは偏差値によって自然と同じような人(IQ)が集まりますが、それ以前の義務教育の段階からそうすべきです。
小学生の頃はあまり影響はないと思うけど、それでも昔に比べたら圧倒的に情報量も違うし考え方や精神年齢が全く違うと思う。

一番重要なのが中学時代。
思春期であり、相当大変だと思う。
30~40年以上前の昔の自分の状況でさえ、頭の出来次第で全くヒエラルキーが変わっていました。

現代は、一軍二軍といった序列があって、自然と分けられているようです。
この不公平感をどうにか正す方向にもっていく必要があるのです。

このように書いていると、自分の考えが共産主義的なもののように思えてきます。
でもそれだけ、不公平によって引き起こされる悲劇が許せない、ASDのゼロサム思考的な何かがあるのかもしれないです。

「蛙の子は蛙」理論は正しい?

一般的に「蛙の子は蛙」ということわざは、完全に正しいわけでも、間違っているわけでもないです。
科学的には「半分は正しく、半分は正しくない」とされています。

現代の遺伝学や心理学の研究によれば、知能、性格、身体能力などの多くの特性は、確かに遺伝の影響を強く受けます。
でも、教育、栄養、家庭環境、社会環境、そして本人の経験など、環境要因も能力の発達に大きな影響を与えることが明らかになっています。

「蛙の子は蛙になりやすいが、環境や経験によって大きく変わる可能性もある」というのが、本当のところとされています。

でも、個人的な経験としては、7~8割はこのことわざ通りになってしまうと思います。
親のIQが低い=貧乏=子供の教育の大切さを知らない可能性=環境を整えられない。
親のIQが普通だとそこそこ。親のIQが高いと子供にもハイレベルの環境。

この傾向が高くなるのは明らかだと思う。

ちなみに私の家の場合、親のIQ(予想は80程度)低く、貧乏、プライバシー0、全く教育熱心ではない、子供3人ともいくら努力しても偏差値45以下。
外の刺激(親戚の交流や旅行)もほぼ0。

そのような環境で育つと、努力も自己流、でも頭が悪いから間違った努力、辛い、ストレスを感じるなど。
ここを親がどうにかするべきですが、できないなら国が支援体制を整えておくべきだと思うのです。

まとめ

結局、人生は親ガチャによって左右されてしまうし、そこから脱却するには相当な運が必要だということです。

例外はあると思うけど、それは10%にも満たないと思う。
人は生まれた時点で進める道がほぼ限られてしまっているし、努力で覆すことは難しいです。

IQが70以下で生まれた人間が、たとえ親が一生懸命教育を施したとしても、理解できる内容や習得できる速度には限界があります。
身体の作りで言えば、身体能力が平均以下で生まれた人がトップアスリートになることも難しいです。

こう書いてしまうと、親ガチャに失敗したら厳しい人生になってしまうように思われます。
でも実際、自分の体験上そうなので、希望を見いだせないです。

無理やり親ガチャを否定するのであれば、、蛙の子が蛙として生きる世界の中にも「いろいろな生き方がある」ということです。

自分を知って、その中で最大限の幸福を追求するための環境に身を置ければ、そのヒエラルキーの中でTOPを目指せるのかもしれないです。

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