
明日は3カ月ぶりとなる心の心療内科へ行きます。
厳密には3カ月半くらい経っていたかもしれない。
本当に久々なので、行くのが怖いです。
あの待合室の混雑した中で受付をして、席を探す際に見てくる人の視線。
もし座る場所が無かったら、外に並べられている椅子に座って待たなければならない。
そうなると、待合室の中の電光掲示板が見えず、自分の番号が表示されたかどうかわからない。
そして、いちいち立って見に行かなければならない。
その時に、待合室を覗かなければならないので、また人の視線にさらされる。
これがものすごく苦痛になる末期的な視線恐怖症です。
そもそも子供のころから、人からの視線や見られることにおぼろげながら常に嫌な気持ちを感じていました。
いや、いじめられ始めた小学校高学年あたりからそうなったと思う。
それに変わった苗字というハンデがあり、毎回間違えて呼ばれ、言い直さなければならない。
その時にクラス中の視線が集まり、恥ずかしい思いを何度もしてきたことも関係しています。
でも一番の原因は、生まれつきの精神の弱さ。
父親がものすごくメンタルが弱い人でさらに常に顔が赤い赤面症など、モロに私に遺伝したからです。
視線恐怖症あるある
視線恐怖症の人に見られる、行動や感情はどのようなものがあるのでしょうか。
自分のことで言えば、子供の頃に授業でさされたり、朝の出席確認のための名前を呼ばれた時など、物凄く緊張していて、「はい」という返事が変にならないか、というのをずっと気にしていた記憶があります。
変わった苗字なので、ちょっとしたミスや違和感があるだけでも、もうそれだけで注目の的になってしまうからです。
普通の苗字だったら、少しくらい変でもそのまま流れてしまうのですが、変わった苗字の場合、すでに「目立つ人」という認識が周囲にあり、さらに言動や見た目が変になってしまうと、マイナスの相乗効果となるのです。
だから、注目されたくない、人に見られたくない、見られることが恐怖となりました。
そして、「緊張の度合いが酷くなる」、「変に思われないようにしなければならない」、「ネガティブと捉えられる視線を送られている」などの気持ちや感情が勝手に溢れてくるのです。
人の視線が気になってしまう瞬間
一般的によくある「視線恐怖症あるある」としては、次のようなものがあります。
まず、人が多い場所に行くと落ち着かなくなることです。
電車の中、教室、会議室、待合室など、人が集まる空間では常に周囲の視線が気になってしまいます。
特に、静かな空間や視線が集まりやすい状況では緊張が強くなります。
よくあるのは、名前を呼ばれる場面、みんなの前で発言する場面、受付やレジなどで順番を待つ場面などです。
このような時に、誰も自分を見ていないはずなのに、「見られている気がする」と感じてしまうのです。
ほとんどは自分の勘違いで、誰も気にしていないかもしれないのに、自分だけが視線を意識しています。
そして視線を意識すればするほど、
「変に思われていないだろうか」
「挙動不審に見えていないだろうか」
「顔が赤くなっていないだろうか」
などの不安な考えがいっぱい浮かび、余計に緊張してしまうという悪循環に陥るのです。
視線恐怖症の人にとっては、日常の何気ない場面でも大きなストレスになってしまうのです。
視線恐怖症はトラウマが原因?
視線恐怖症の原因は、過去に起きた出来事がきっかけでそうなってしまうのでしょうか。
個人的な体験としては、それもかなり大きいけど、生まれつきの性格も結構あると感じています。
あとは、普通とはかけ離れたハンデ(貧乏、変わった苗字、容姿、家庭環境、IQ)なども。
まず、生まれつき普通とは違うマイナスのデバフ(ハンデ)を抱えていると、それだけで一般的な人に対して劣等感を抱えてしまう。
そして生まれつきメンタルが弱かったり、性格がおとなしかったりすると、緊張や物怖じしやすくなる。
そうなると、人の視線を集める場面での失敗をしやすくなる可能性が高くなります。
そのような場面で恥をかくとさらにそれがトラウマになり、人の視線を必要以上に意識してしまうようになるのです。
視線恐怖症を治す方法
誰にどう思われても気にしない強いメンタルが必要だと思います。
でもそれは視線恐怖症に限らず、よくある人間関係の問題や、他人の評価を気にしすぎてしまう人にとっても共通の悩みです。
視線恐怖症を治すことに重点を置くと、よく言われるのが「人の視線は思っているほど自分に向いていない」ということです。
確かに、もし他の人が変なことをして自分が見ている立場の場合、「そういう人なんだ」という軽い認識になります。
そして無意識に、「自分よりも変な人がいる」という謎の安心感も生まれます。
このようなことを考えてしまうから、いざ自分が視線を集めてしまう状態になったとき、「今、周りの人たちに同じように思われているのではないか」と強く意識してしまうのです。
そして、「変に思われているかもしれない」「変な人になってしまっている」と考え始めると、余計に緊張してしまい、頭が真っ白になったり、挙動不審になったりしてしまいます。
するとその出来事がまた新たな失敗体験として記憶に残り、「何度も同じことが起きるのではないか」という不安が強くなってしまいます。
視線恐怖症は「人の視線を意識する→緊張する→うまく振る舞えなくなる→それがトラウマになる」という悪循環で悪化していきます。
なので視線恐怖症を治すには、このような負のループを断ち切る必要があるのです。
視線恐怖症の具体的な治し方
明日行く病院での受付と席探しで注目を集めることに対する対策として、「自分は劣っていない」、「自分は最悪な末期的な状態だけど、それはバレていない」、「普通にふるまえている」というような心持にしています。
ようするに演技を必死にしています。
顔が赤くならないように、なよなよした気持ちにならないように、「自分は正常(本当は違うけど)」と思い込む。
ボロが出ないうちは強い気持ちをもっていれば、何となることがあります。
でも、診断が終わって受付で会計をするための資料を受け取る時に名前を呼ばれてしまいます。
そこで初めてボロというか「自分が変わった苗字で普通ではない」という恥ずかしい気持ちになり、さらに周囲の人が見るのでかなり苦痛を感じています。
普通ではない自分を他人にわかられてしまうと、視線恐怖症が強く発動し心が苦しくなります。
そうならないために「普通」でなければならない訳です。
結局のところ、自己肯定感を高めることが視線恐怖症を治す一番の方法だと思います。
他の治療方法について
私は専門家ではないので、はあくまで一般的に言われている内容を調べた上でまとめたものになります。
視線恐怖症に対しては、心療内科や心理療法など、いくつかの治療方法が知られています。
よく挙げられる主な方法を簡単にまとめると、以下のようなものがあります。
| 治療方法 | 内容 |
|---|---|
| 認知行動療法 | 「見られている」「変に思われている」という思考のクセを整理し、現実的な考え方に修正していく心理療法。社交不安症でよく使われる。 |
| 曝露療法(ばくろ療法) | 人の多い場所や視線を感じる状況を少しずつ経験していき、恐怖に慣れていく治療方法。 |
| 薬物療法 | 不安を抑える薬や抗うつ薬などを使い、緊張や動悸、赤面などの症状を和らげる。 |
| カウンセリング | 過去のトラウマや考え方のクセを整理し、恐怖の原因を理解していく。 |
| リラクゼーション | 深呼吸や自律神経を整える方法などで、緊張しやすい身体反応を落ち着かせる。 |
視線恐怖症は人によって原因や症状の強さが違うため、効果的な治療方法も人それぞれです。
なので、医療機関に頼る場合は、医師と相談しながら、自分に合った方法を見つけていくことが大切なのではないかと思います。
まとめ
私は重度の引きこもりで1ヶ月に1度外出すればいい方です。
さらに、その唯一の外出も人目が気にならない暗くなる時間帯です。
本当は昼間に誰の視線も気にせず、太陽の光を浴びたいです。
でもそのチャンスは、ほぼ心療内科へ行くときだけ。
骨密度やビタミンDの少なさがかなりヤバイ状態だと実感しています。
しかも稀に出かける時に限って、曇っていたり、雨が降っていることがよくあります。
下手したら半年に1度くらいしか太陽の光を浴びていないかもしれない。
明るいうちに外出できない、すれ違う人に見られているかもしれない、という思い込みによる視線恐怖症による影響。
それもすべて、圧倒的に自分が底辺だという間違っていない認識による自己否定によるものや、生まれつきのメンタルの弱さがあります。
視線恐怖症を治すには、遅ければ遅いほど完治は難しいと思う。
子供の頃にメンタルが弱かったり、普通ではないハンデを抱えているのであれば、出来ればその時に対処したいところです。
結局、自分の心持ち次第です。
確かに人は、変な人や普通ではない状態の人など、注目を集めやすい人に対して視線を向けやすいです。
でも、実際はただ気になってみただけで、蔑んだり、馬鹿にしたり陰で笑ったりなどはしていない。
ごく一部にそのような人はいると思うけど、大多数はほとんど気にはしていない。(と思いたい)
これがほぼ真実なので、本当はそこまで過剰に恐れる必要はないのかもしれません。
ただ、頭では理解していても、長年の経験からくる恐怖や不安は簡単には消えないものです。
「気にしないようにしよう」と思っても、どうしても意識してしまうのが視線恐怖症の難しいところです。
明日の心療内科も本当に周囲の視線が怖いです。
でも、その場に対峙していると何となく事が進んでいるし、表面上は何も問題は起きていないのです。
周囲の人がどう思っていようと。
笑われたり、とがめられるような言動をされれば別ですが。
9年くらい心療内科へ通っていて、そのようなことを体験したことは一度もないです。
なので、結局自分の思い込みによる劣等感が生み出す症状であって、心の持ちよう。
だから自分の経験上、なりふり構わずというか、半ば破れかぶれでもいいので「とにかくやるしかない」という強い気持ちで臨むと、意外と何事もなく終わることが多いです。
メンタルというのは、本当に人生に大きな影響を与えるものだと思います。
同じ状況でも、心の持ち方ひとつで感じ方は大きく変わります。
視線恐怖症も、実際の出来事よりも、自分の中の思い込みや不安が膨らんでしまうことで苦しくなっている。
そこを意識して改善することが、治療に一番近いのかもしれないです。
