
発達障害を抱えて生きてきた当事者として、ずっと疑問に思ってきました。
なぜ、これほど多くの人が苦しんでいるのに、社会の仕組みはほとんど変わらないのでしょうか。
年々、発達障害は増え続けています。
増えることはあっても、減ることはない。
それが今の現状です。
そして、発達障害を抱えていると、生活上の困難や二次的な問題につながりやすい。
個人的な実感としては、多くの人が生きづらさを抱えて、さらに何らかの問題に常に悩まされ続けていると考えています。
とくに深刻なのが学生時代です。
発達障害の特性によって人との交流が難しくなり、それが大きな不幸を引き起こします。
一番重要な学生時代の人との交流が上手くいかないと、
普通の青春が送れない。
恋愛も難しい。
といった、普通の人がある程度できる幸せも手に入れることが難しくなる。
恋愛関係の割合: ASDの約50%が恋愛関係にあるのに対し、普通(定型発達)の人は70%
出典:Navigating Romantic Relationships with Autism: A Comprehensive Guide to Love and Connection
学生の頃はまだ、親や環境に守られているので、辛いですがそれでも生きてはいけます。
しかし、社会人になると状況は一変します。
発達障害の特性が、社会の仕組みと大きく噛み合わないからです。
発達障害を隠して働いたとしても、ボロが簡単に出るし、他の人ができることが難しくて使えない扱いされてしまう。
当然、出世や査定にも影響してきます。
恋愛、結婚も難しいです。
20代のASDの人の結婚率:9%
30代のASDの人の結婚率:18%
出典:Do Autistic People Get Married?
結婚できたとしても、不仲になる可能性が高く、パートナーもカサンドラ症候群(鬱、精神障害)になりやすくなる。
このように発達障害の人の人生は本当に大変なのです。
そこで、増え続ける発達障害に対する、国が本当にするべき支援(法整備)を考察していきたいと思います。
発達障害の人が輝く方法
発達障害の人は現代社会において、特性の影響でかなり生きづらさを抱えてしまいます。
そして現在、完治はできない、遺伝やその他の問題(親の状態・高齢出産など)で増えることはあっても、減ることは無いです。
| 年/地域・対象 | 指標 | 増加の傾向 |
|---|---|---|
| 日本 2016 → 2022 | 発達障害の診断者数 | 約48.1万人 → 約87.2万人(約1.8倍) (かもみーる) |
| 日本 2006 → 2022 | 大学生等における発達障害学生比率 | 2.6% → 20.7%(約10倍) (大人の発達障害ナビ) |
| 米国 2000 → 2018 | ASD 有病率 | 約70%増加(CDCデータ) (PMC) |
※これらの数値は記事内で紹介されているもので、調査条件によって変動します。ここでは傾向を示す参考情報として扱っています。
なので、早急に何とかしなければならない訳ですが、今の世界や日本の発達障害に対する理解や支援は薄いと感じています。
でも、一筋の希望はあります。
それは、ギフテッドを持っている人、もしくは一点型の特徴を最大限伸ばせば大活躍できる可能性がある長所があるということ。
発達障害の人は、脳の凹凸によってできることとできないことの落差が激しい。
苦手なことはどう頑張っても、平均以上に育つことは難しい。
でも逆に特異なことや好きなことについては、のめりこむ性質がある。
ギフテッドの人の場合は、IQが高く最初からその1点集中がものすごく強い。
でもギフテッドを持っている人は発達障害の中でもごく一部。
それでも発達障害の人には、何かしら一つは普通の人よりも得意・好きなことがあるはず。
それを伸ばすことが、ギフテッドが無くてIQが平均より低い発達障害の人に残された唯一の希望。
しかし、今の支援体制では限界があります。
発達障害の人が今後も増え続け、苦しむ人が確実に増えていく現状があります。
だから、国が主体となって、発達障害の人の長所を最大限に伸ばす教育プログラムを整備すべきなのです。
具体的に発達障害の人に対する国の支援(法律)
発達障害の人には、早い段階で自己分析や適性検査を行い、得意・不得意を明確にする仕組みがマストです。
そして、得意な分野を徹底的に伸ばす教育に特化した支援を行うべきです。(強制ではない)
苦手なことは、どれだけ努力しても平均レベルに届かない場合があります。
なので、自分の苦手分野を理解し、無理にそこへ進んで苦しむことがないよう、適切なアドバイスを受けられる環境が必要なのです。
問題は学生時代
発達障害の人が、普通の一般学級の人とまったく同じ環境で生活し、学んでいくのは、かなり難しい場合が多いと思います。
特性の影響で、どうしても上手くいかなくなる場面が出てきてしまうからです。
でも、普通の人とまったく関わらず、特別学級だけでずっと過ごすのも、それはそれで違うとも思います。
では、いったいどうすればいいのでしょうか。
この問題はかなり難しいと思います。
例えば、「私は発達障害だから」と気軽に言えるような環境が必要だとは思いますが、現実的には難しい。
とくに小学生から中学生くらいの年代に、周囲に理解を求めるのは、難しすぎると思う。
可能性があるとすれば、発達障害の人の割合がもっと増え、当たり前の存在として認知されるようになることです。
あるいは、身体障害のように外見で分かりやすくなり、「配慮すべき存在だ」という意識が自然に共有される状態になることでしょうか。
では、発達障害の人の学生時代を支えるために、どのような制度や法整備が考えられるのでしょうか。
少なくとも、現在のインクルーシブ教育や、わずかな支援だけでは、まったく足りていないというのが現実です。
発達障害の人の学生時代の解決策
まず根本的に、普通(定型発達)の人と同じように教育を受けたり、環境に適応させられるのは不可能とは言わないけど、難しすぎるということ。
どこかで破綻してしまい、精神や学力にかなりのマイナス影響を受けます。
でも、個人で解決するのは難しいので、そこは国が何とかする制度を作る必要があります。
発達障害の人専用の専門学校を作るべき
個人的に思ったのは、発達障害と診断された人限定の、教育環境を提供することです。
発達障害の人が支援や理解を常に受けられる専門学校を設立すること。
そこでは、当事者の適性(長所短所)に合わせた、一点集中型の教育を行う。
普通の学校のように満遍なく学ぶのではなく、好きなこと・得意なことだけを伸ばすシステム。
入学時に適正テストを行う。
そして、認知特性、興味関心、集中力の向き、ストレス耐性などを多角的に分析し、「この人は何に向いているのか」「何を避けるべきか」を明確にする。
その結果をもとに、IT・プログラミング、デザイン、動画編集、文章制作、研究補助、データ分析、あるいは職人系・軽作業・ルーティン業務など、本人の特性に合った分野へ最初から振り分ける。
この専門学校では、苦手な科目を無理に克服させることはしない。
平均点を目指す教育は行わない。
代わりに、「これは誰にも負けない」「これなら何時間でも集中できる」そのような一点を、社会で通用するレベルまで徹底的に鍛える。
いや、むしろTOPレベルもしくは上位層に入るくらいに。
また、学習だけでなく、
・人との距離感
・仕事上での最低限のコミュニケーション
・自分の特性をどう説明するか
といった実践的な生存スキルも必須科目として教える。
重要なのは、「普通になれ」と教えないこと。
「自分はこの形で生きていい」と理解させることです。
さらに、企業との連携も不可欠です。発達障害の特性を理解した企業と提携し、在学中からインターンや実習を行う。
卒業後は、一般就職ではなく、適性を前提にした就労ルートへ直接つなげる。
ここで初めて、「働けない人」ではなく「この分野なら戦力になる人」として扱われる。
このような専門学校があれば、学生時代に自己否定を積み重ねることも、社会に出てから何度も折れることも、大幅に減らせるはずです。
社会人の発達障害の人に対する支援(法整備)
とにかく、働く環境に発達障害当事者が合っているのかどうか。
その見極めが必須だと思う。
そして、それを調査、方向修正させる発達障害の人に対する法整備が必要だと思う。
海外に実在する発達障害特化型の専門教育機関
調べてみると、実際に海外では発達障害専用の専門学校があるようです。
アメリカ:先行事例が最も多い
Landmark College
- 発達障害(ADHD・LD・ASD)を持つ学生“のみ”を対象
- 一般大学ではなく、最初から「特性前提」で設計された大学
- カリキュラムの特徴
- 少人数制
- 実務・就労直結型教育
- 学習スキル・自己管理・特性理解が必修
- 卒業後の就職・編入実績もあり、「隔離施設」ではない
Beacon College
- 学習障害・ADHD特化の4年制大学
- 一般教養よりも
「どう働くか」「どう生きるか」に直結した教育を重視 - 自己分析・メタ認知・職業適性の言語化が必須
イギリス:大学内の“別トラック”方式
University of East London
- ASD学生向けの専門支援プログラムを学内に設置
- 完全分離ではないが、
- 履修設計
- 評価方法
- 試験形式
を柔軟に変更
日本の「インクルーシブ教育」と違い、
「同じに扱う」のではなく「最初から違う前提で設計」しているのが特徴。
ドイツ・北欧:職業教育寄りモデル
- 発達障害・精神障害者向けの職業訓練校(Berufsschule系)
- IT・技術・作業特化型
- 国家が
- 適性評価
- 職業訓練
- 就労先マッチング
までセットで管理
「社会で使えるかどうか」だけを基準にしている点が、日本と決定的に違う。
でもすべて大学での支援となります。
日本よりも発達障害の理解や支援が進んでいる海外でさえ、一番大切な低年代からの専門学校のようなものはないのです。
本当に、大学からでは遅いです。
その頃には、すでに発達障害の人は、自己肯定感を削られ、二次障害を抱えてしまう可能性が高いからです。
私の体験上、小学4年生以上からはマストだと思っています。
しかし、現行の制度では小・中学校は義務教育となっています。
そこに、発達障害の人専用の学校を作ったり、教育環境を作るのは、かなり難しいです。
だからこそ、国が法整備を真剣に考えた議論をしなければならないと思うのです。
この制度を作らない場合の未来
もし、発達障害の人に特化した教育制度や就労支援を整備しないまま、今まで通りのやり方を続けた場合、何が起こるのでしょうか。
答えは簡単です。
不幸になる人が、これからも確実に増え続けます。
私のように長期引きこもり・社会不適合者・精神障害など、普通のレールから外れてしまいます。
発達障害のある人は、理解されないまま一般的な教育環境に放り込まれ、「できない」「空気が読めない」「努力が足りない」と評価され続けます。
そして、回復しづらい自己肯定感の低下、挑戦する意欲を失い、開花されるはずの本来持っている可能性(能力)すら芽を出す前に潰されていく。
学生時代を何とか耐えたとしても、社会に出た瞬間に、さらに厳しい現実が待っています。
仕事では成果よりも協調性や雑談力が求められます。
ミスは「特性」ではなく「能力不足」として処理される。
転職を繰り返し、職歴は傷つき、やがて「どこにも居場所がない」と感じるようになります。
恋愛や結婚も同じです。
発達障害の特性の説明ができず、誤解され、努力しても関係が壊れていく経験を重ねてしまうでしょう。
最終的に、
・無職・非正規の長期化
・引きこもり
・うつ病や二次障害
・障害手帳・障害年金コース
そもそも当事者の問題ではなく、社会が適切な導線を用意しなかった結果です。
発達障害の人は、何もできない人ではありません。
活かし方を教えられなかった人なのです。
にもかかわらず、制度を作らず、個人の努力に任せ続けるのであれば、国は将来、より大きな社会的コストを支払うことになります。
苦しむ当事者が増え、支援が追いつかず、社会全体の生産性も低下していくのです。
まとめ
今回は、増加し続ける発達障害の人に対する、今後するべき国の支援体制について考えてみました。
もし私が子供のころから、発達障害の人専用の教育機関があり、好きなことや得意なことを重点的に伸ばす教育を受けられていたら。
今のようなひどい状態にはなっていなかったと確信しています。
発達障害の人にとっては、自分の特性に合った分野で手に職をつけることがものすごく重要です。
それ以外の道がまったく存在しないわけではありませんが、相当に困難でつらい道となってしまいます。
何故なら、普通の人と同じようにコミュニケーション能力、空気を読む力、協調性、柔軟な対応力で勝負するのは、発達障害の人にとってあまりにも分が悪いからです。
努力不足でも、甘えでもありません。
脳の特性上、そもそも戦うべきところが狭いというか、決まってしまっている。
むしろ、適正外の方に行ってしまったり、誰にでもできる仕事だと発達障害の特性が邪魔になって余計にストレスや精神を削られてしまいます。
なので、発達障害の人が生き残るためには、自分だけの武器を持つしかない。
それは、人より圧倒的に詳しい分野かもしれない。
誰よりも集中できる作業かもしれない。
地味で、評価されにくい仕事かもしれない。
それでも「この分野なら、代わりがきかない」そう言える何かを持つことが、唯一の生存戦略です。
その武器を個人の努力や運任せにするのではなく、国が制度として育てるべき時代に、もう入っています。
発達障害の人は、これからも増え続けます。
見て見ぬふりをしても、消えてはくれません。
潰れていく人生を量産する社会でいるのか。
それとも、活かされる人生を増やす社会を選ぶのか。
今、問われているのはそこだと思います。
*本記事は個人の体験と考察に基づくものであり、すべての発達障害の方に当てはまるものではありません。医療・法律等の判断は専門機関にご相談ください。
